明治学院大学を卒業して何年になるだろう。この歳になって大学時代を振り返るようになるとは思いませんでしたが折角の機会なので、思ったことを書かせて頂きます。
私が入学したのは1979年で、ちょうどバブル期が始まる頃で、学生運動が終わった頃です。大学に入学したというよりは体育会軟式庭球部(現ソフトテニス部)に入ったという方が正しいかもしれません。昼からテニスの練習をして、練習の合間に授業を受けるという日々で、練習のないシーズンはアルバイトと一人旅をしていました。
授業は先輩からの情報と友人のネットワークで必修科目以外は、単位を取りやすい授業を受けていました(反省)。黒岩先生の経済原論以外は毎年、確実に単位を取り、教員の資格を取り教員を目指したこともありました。単位はもらいましたが、キリスト教の試験で予想を外して、記述式の設問の内容が判らず、頭の中が真っ白になったことがありました。その時のショックが大きかったせい か、今でも夢でその場面を見ることがあります(笑)。一般の授業は深く記憶に残るものはなかったですが、畑井先生のゼミは面白かったです。本もありましたが、ほとんどがコーヒーを飲みながら教授室でのフリートーキングで『社会主義国家の経済指標としてトイレットペーパーが一番判りやすいんだよ、大嶋くんも社会主義国家へ行ったらトイレットペーパーを土産にしてね』と笑いながら話しをしていました。実際にソ連に行ってトイレットペーパーを土産に持参したら、非常に喜んでくれました。(畑井先生はもう亡くなられて残念です)。卒業してから畑井ゼミ卒業生全体の最優秀論文賞で私の名前を呼ばれた時はびっくりしました。先生から薫陶を受けたものは何だろうと思うと勉強のことより生きる 姿勢を教えて頂いたように思います。「いろんなことに目を向けて、興味のあることは深く究める」ということを教えて頂いたように思います。
テニスの方は、当時、狭い東コートと北コート各1面という悪い条件の中、関東リーグの上部校として、よくやっていたなと思います。二年生からは、5ペア団体で相手の一番強いペアと当たるところをやらせてもらい、プレッシャーを楽しめる試合が出来たのは幸いでした。正直、圧倒的な強さはなく、5試合やって3勝2敗か2勝3敗という試合結果でしたが、4年生の時に首都リーグの個人戦で準優勝したこともありました。
この小さな心温かい想い出の詰まった明治学院大学に心理学科が出来たので、受験資格があれば大学院で心理学の勉強をしてみたいなと最近思っています。
最後に、最近の明治学院大学の同窓生との写真と趣味の山での写真をご案内します。
79E 大嶋俊治
20130817ソフトテニス部75周年パーティー
20140705体育会79年度生パーティー
2016年?フェイスブック同窓会
20171125ソフトテニス部OBOG交流戦
20110717日本百名山達成 鳥取の大山
20150813北アルプス不帰キレット