昨年5月の「憂鬱な金曜日」に続く、昔の授業の思い出シリーズです。
体育と共に大学一年生の時の必修科目にキリスト教概説(通称キリ概)というのがあり、私の場合、それは水曜日2限でした。水曜日のみ1限から授業があったので早起きをしている為、けっこうな眠気と共に迎えるキリ概の授業は、担当S先生の「はーい、皆さん、目を閉じて下さい……、では、聖書を読みます…イエスはこう言われた……云々……」で始まります。そして、そのまま講義は続き「目を開けて下さい」の言葉が無いのです。眠たい私はそのまま夢の世界へ引きずり込まれます。 講義の内容はおそらく『キリスト教の歴史』です。
言い訳になりますが、前日火曜日はサークルの練習日で帰宅も遅く、さらに水曜午後にはこれ又必修の英語があり、その予習もしなければならず(大抵は完璧な予習も出来ないままに寝落ちていた)、本当に水曜2限は眠くてしょうがなかったのです。
S先生の優しく穏やかな声はさながら心地よい母の子守唄、聖母マリアに抱かれてすやすや眠る幼子イエスの如く(なんて、畏れ多い)。
こうして殆どシエスタの時間として費やしてしまったキリ概の前期試験は惨憺たるものとなりました。もとより日本史で受験した私はろくな世界史の知識も無く、確か10問位あった問題はちんぷんかんぷん、記述式だったので、ほぼ白紙の解答となりました。ほぼ、というのは、実は、一言だけ解答欄に書いたのです。それは最後の方の問題で、皇帝ネロとはいかなる人物であったか、というもの。で、一言だけ、『暴君であった』。もう殆どギャグです。とにかく、そんな前期のキリ概。
後期になり、教科書が変わりキリスト教の教義をやることになりましたが、『はーい皆さん、目を閉じて下さい…』で始まるS先生の授業は相変わらず私のシエスタの時間でした。
年が明けて、新聞の訃報欄に、S先生のお名前を見つけたのは、冬休みも終わろうとしているある朝の事でした。12月までは普通にお元気そうにしていらしたので本当に驚きました。
若かった私は不謹慎にも先生のご冥福を祈るより、後期の試験はどうなるのか、前期試験のあの酷すぎる私の解答用紙は闇に葬ってもらえるのか、などということばかり考えていたのでした。
ともかく。前期の試験があまりに酷かったので後期の試験は1週間漬けで教義の教科書をほぼ完璧に頭に入れて臨み、我ながらにんまりするくらいの解答が出来、奇跡の逆転ホームラン(と思っているのは自分だけで、実際は逆転内野安打くらいだったのかも?)で、Aの評価を勝ち得ました。前期試験解答用紙は本当に闇に葬って頂けたようです。
これもひとえに神様の、いえいえ、S先生の思し召しかもしれません。
個人的にS先生とはとうとう一度もお話をしたことはありませんでしたが、私にとっては体育の先生と同じくらい、忘れられないS先生です。そして1週間漬けで頭に入れたキリスト教教義はほぼ忘れてしまいましたが、後期教科書に載っていた、『創、出、レビ、民、申命記~♪』で始まる鉄道唱歌の、あのシュールな替え歌は今でも少し歌えます。
寝てばかりいた40年前の女子大生の呟き、天国のS先生に届くかな?
運営委員 藤森 智子(1980年 社福卒)